東日本大震災から9年

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TVで東日本大震災から9年という番組を見ました。
私自身は被災者ではないのですが、日本人としてある程度の関わりがあったので、そのことを書こうかなと。

フィジーで感じた道徳心

2011年3月11日、私はその時フィジーで英語の語学留学して一カ月ぐらいの頃でした。
インド人のホストファミリーの家に滞在しており、突然私の部屋に入ってきてTVを見ろと言われました。そこに流れている津波の映像を見させられ、何の映画を見ているんだろうと一瞬不思議に思ったのですが、「お前の家族は大丈夫なのか、友達は」と、まだ英語がよく分からない状態でしたが、そう聞かれていたと思います。

次の日の語学学校では急遽帰国申請する人がおり、混乱状態でした。
フィジーでは毎日教会で日本人の為に祈る人がいて、街を歩けば知らないフィジー人から「お前の家族は大丈夫か」と聞かれる日々。
英語力不足やインターネットが普段出来ないために、どういった状況なのか分からず、事の大きさを理解出来ないままでした。ただ赤の他人の為にそこまで心配してくれるフィジー人の優しさと、自分の不道徳さに気づかされました。

震災から一カ月程して、宮城から来た自分と同い年の人が同じクラスに入りました。
普段明るく人を引き寄せる人でありましたが、震災でのトラウマのようなもの、原子力発電の断固反対など、この時初めて身近に震災の影響を感じました。

また、2012年にフィジーでは被災した日本人の高校、大学生の受け入れ支援を行いました。自分がいた語学学校で、英語や生活をを学んでからフィジー内のそれぞれの街へ移動しておりました。

他の国々からもたくさんの支援を受けていたと思いますが、フィジーという国に胸を打たれた思いです。

仙台での語り部タクシー

2015年3月末で仕事を退職しまして、9月に中国の大連へ留学に行く前のことです。
それまで何かできることはないか考えてたところ、縁あってニュージーランドから来た方の東京から函館、仙台までの道中を通訳として同行しました。

*函館で食事を楽しみました。

観光目的で来たのかと思っていたら、函館から仙台へ。震災があった場所に行きたいと言われたからです。
ニュージーランドのクライストチャーチでも2011年2月に地震による大きな被害があり、街に親しまれていた大聖堂が倒壊しました。
そこで特殊な紙で作る仮設住宅などを世界各国で建設してきた日本人の坂茂(ばんしげる)さんが仮設大聖堂の建設をしました。

その感謝もあっての震災地へ行きたいということでした。

*2017年にクライストチャーチで撮影した「紙の教会」

急遽ネットで調べ、語り部タクシーというものがあることを知りました。NZの方もいることを連絡したところ、通訳は出来ないがそれでもよければ・・ということで快く承知してくださりました。

話をつたない英語で訳すことに精一杯でしたが、個人で行くだけでは知ることが出来なかった、多くのことを知ることが出来ました。
案内していただいたドライバーの方も、震災で奥さんを亡くしてしまったとのこと。その時の様子をより多くの人に知ってもらい、震災に備える役に立ってほしいと仰っていました。

*案内してくださった語り部タクシーの方

*1階の様子

            *2Fまで浸水していました。

*希望の黄色いハンカチ

*カナダの支援により建設された、震災の映像や復興グッズ、美味しいグルメがあるメイプル館へも

自分が思っている以上に様々な国から思われていた日本。もし仙台に行く機会があり、震災の様子と現在の取り組みを知りたい方は、是非語り部タクシー利用してみてください。


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