Re:初見さんいらっしゃい。

小説


 

夜8時。夕飯を食べて、部屋でくつろぐ時間帯。

 

今日も1日学校で起こった、喜劇悲劇を乗り越えたこの時間がとても好きだ。

ベッドの上に置いてある、お気に入りのピンクのノートパソコンに電源をつける。

ふかふかのイヤーパッドのヘッドフォンを耳につけ、いつものサイトへアクセスする。

 

緑色の枠に、おすすめのライブで表示されている。しまった。彼の音声配信はもう始まっていた。

 

『こんばんは』

 

早速コメントする。彼の配信はほぼ常連さんしかいない。いつも2,3人のリスナーで、ゆっくりと時間が流れる。

今日学校で起こったことやちょっとした愚痴、顏も知らない、年齢も分からない、そんな人たちとする他愛もない会話がとても楽しい。いつからか、彼の配信頻度も増え、それを聞くのが日課になってしまった。

 

 

最初に彼の声を聞いた時、緊張した声にこちらまで身が硬くなってしまい、それでも一生懸命語り掛けようとする姿勢に惹かれた。

それはきっと、入学初日の自己紹介、初めてのピアノの演奏会や、運動部での初出場の公式戦に似ているんだろう。

不慣れでふわふわとした、それでいて何かが始まる、始めようとする人たち特有の空気のようなものが、そこにはあった。

 

思わず書き込んだ初めてのコメントを思い出す度、やってしまったと後悔する。

初対面の人に、それも声も顔も分からない、ただの文字で告白めいた言葉を送ってしまった。

きっと彼はそんなこと気にもしていないのだろうけど、それはそれで少し残念な気もする。

 

 

いつか私も、と思う。ただ、失敗しないか、後悔しないか、私の声を聞いて彼やネットで知り合った友人たちに幻滅されないか、ただその心配事が私の行動を止めてしまう。きっとこれは、舞台に上がる人と、ただずっと観客席から見る人との決定的な差なのだろう。

 

憧れは憧れのまま、想いは押し殺し、自分に内に留めておきたかった。

 

 

音声配信中、彼は私に言った。

 

 

 

『コラボしませんか?』

 

 

 

ネットを通じて、複数で音声配信が出来る機能のことは知っていた。他の人たちの配信でもよくやっているのを見ていたし聞いていた。

 

私一人ではきっといつまでも出来ない。でもきっと、彼とだったら。

 

考えただけで手が震えた。喉が乾燥して声が思うように出ない。焦って飲み物を冷蔵庫のあるリビングまで取りに行って、中に入っていた小さなパックのジュースを掴んで部屋に戻り、一気に飲んだ。

 

あとはこの、コラボ用のボタンを押すだけ。そう、押すだけ。きっとこれが私の始まり。

 

 

 

 

 

 

 

(コラボを開始しました) 

 


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